2013年10月30日水曜日

コンツェルト終了致しました。

 またずいぶんと間が空いてしまいました。申し訳ございません。

わたしが更新しないうちに、空はすっかり高くなって、空気は夜ともなればもうすっかり冬のようにきんと冷え、植物たちは段々とその身を守るように静かに佇み始め、蝉の代わりに鈴虫が鳴き、町を歩く人たちの肩がすこしだけこわばってきましたね。

紅葉がない意外は、もうすっかり秋です。さつまいもや栗、さんまやきのこがおいしい季節です。

毎年、祖父母の実家に生えている柿の木がおいしい実をつけてくれまして、今年も祖父母が送ってくれました。市販のものとは全くちがう甘味とジューシーさに、いつもいつもあっという間に食べきってしまいます。

わたしは幼い頃からスイカが一等好きなのですが、その次になんの果物が好きなのと聞かれたら柿と答えるかもしれません。勿論それは味や食感が好きというのもあるのですが、幼い頃、祖父と枝切り鋏で柿をもいだことや、それを服でこすって丸ごとその場で食べたこと、一年に一度くらいしか顔をだせなくなってしまった今でも、こうして毎年かかさず送ってきてくれる祖父母の顔などが、私の中で辛いくらいに甘酸っぱく思い出され、よけいに美味しく愛しく感じるのかもしれません。丁度それは、お母さんの肉じゃがが好きな男の人の感覚とどこか似ているのかな、なんて思ったりもします。


 表題の話になりますが、今月18日、オーバードホールにてメンデルスゾーンのヴァイオリンコンツェルトをオーケストラの方々と演奏させていただきました。

 オーケストラの方々は大学時代の同級生や先輩、セミナーで知り合った方などが参加してくださっており、とても心強かったです。また、わたしの先生や学校でアンサンブルを教えてくださっている先生も参加してくださっており、まさか先生がコンサートマスターを務めるオーケストラをバックに、メンデルスゾーンを全楽章、それも客席数が2000人を越すホールで演奏出来ることになるなんて、2年前には露程も想像しておりませんでした。

 選抜オーディションの時から、メンデルスゾーンは名曲なので選択するのは勇気がいると言われており、練習の度そのプレッシャーと、曲の圧倒的な素晴らしさに応えられない自分の腕の未熟さに、何度も何度も選択したことを後悔しました。しかし、これがオーケストラとコンツェルトを演奏出来るわたしの人生最後のチャンスだと考えたとき、なんの曲をやれば後悔しないのかと自分とむかいあうと、やはりメンデルスゾーンしかでてこなかったのです。

1809年に生まれ、1947年にその短い生涯を閉じたメンデルスゾーンは、貴族の出ではありましたが精神がとても繊細で、そういった精神的な弱さを持っているひとでした。神経症がもとで衰弱し、発作によるくも膜下出血で亡くなったとされていますが、その繊細すぎる神経をもっているというところも、なんだか妙に魅力的に感じられるのです。(写真は12歳のメンデルスゾーン。美男子ですね。)

 人間誰しもそうだと思うのですが、時々すべてにおいてとても不安になるときがあって、そんな時はなにをしても落ち着かなく、声を張り上げたくなるのです。わたしの存在を忘れないでいて欲しいと思う反面、だれにもかまわれずにひとりきりになりたいのです。ひとりで生きられるようになりたいと願った瞬間に、大切な存在を作りたいと思うのです。

衝動的なものだったり、一過性のものなので、数日もすればまた普通に暮らすのですが、メンデルスゾーンはこのような、おそらくもっと複雑で複合的な不安定さを、若い頃からずっと引きずって生きていたのでしょう。だから彼の曲の中には時折、ぐらりと足下が歪むような感覚に襲われるメロディがあるのかもしれません。


 オーディションに合格した時はなかなか信じられず、実感がわかないまま時間が過ぎて行ったように感じます。オーケストラとの合わせも何度もやっていただき、本当にお世話になりました。長丁場でお疲れなのに、みなさん本当に御優しく、また指揮者の先生も丁寧にご指導下さいました。
 オーケストラ合わせが始まった頃、ヴァイオリンに不具合がでて—E線がひっくり返るというものだったのですが、これがなかなか厄介で本当に青ざめました。どうすればいいのかと楽器屋さんに泣きついて、遠隔から対処法を教わったり、また替えの線を送っていただいたりと、楽器屋さんにもご迷惑を!本当に有難う御座いました。


 わたしが行っている楽器屋さんはもうずっと前からのおつきあいで、本当に親身になってくださいます。楽器の持ち方のレッスンから、わたしの他愛無い世間話まで、嫌な顔ひとつせずつきあってくださる担当のMさんには、感謝をしてもしきれません。有難う御座います。


 本番当日はなんだか落ち着かなくて早めに楽屋に。ご飯を食べてゲネプロをして、ドレスに着替えてお化粧をして、あれって言う間に時間になりました。

 演奏が終わり、ブラボーの言葉を頂いたとき、ああこれでもうオーケストラと弾くことはないのかもしれない、この角度から指揮者の方を見ることはないのかもしれないと思うと、なんだかじんとしてしまいました。笑顔で握手をしてくださった指揮の円光寺先生の紅潮した頬の色や、振り返ってコンサートマスターの席にいらっしゃる先生と握手をしたとき良かったよとおっしゃっていただけたこと、その時そこから眺めた、ソリストでないと見ることが出来ない角度からのヴァイオリンセクションの美しさ、先生がそばでわたしのためにオーケストラのパートを弾いてくださっていたということ、最後まで暖かく聞いてくださっていたお客様、仕事で聞きにこられなかった父、高齢でくることはかなわなかったけれどいつも応援してくれている祖父母、にこやかに拍手を送ってくれたオーケストラのメンバーの方々、そのすべての風景や音や、光や匂いが、今でも思い出すとたまらなく幸せなのです。


拍手を頂いて3度目に舞台に戻る時、出るのが少し遅れてしまって慌てて舞台へ走り出したのですが、拍手が鳴り止みかけたのに走っていた勢いで止まれず、直前に舞台袖から顔をひょっこり出してしまいました><でも皆様御優しくまた拍手をくださいまして、嬉しいやら恥ずかしいやら、それもまた思い出となりました。

 当日はわざわざ東京からお越し下さった方が幾人かいらっしゃいまして、申し訳ないといいますか、本当に有難い限りです。有難う御座います。しかもお花やプレゼントまでもってきてくださった方も!!本当に本当に感謝です。有難う御座います。;;

 また、翌日の北陸新聞に写真付きで掲載していただき、本当に思わぬプレゼントを頂いてしまいました!有難う御座います。記事の写真はHPに載せましたので、ご覧くださいませ。


 一緒にソリストとして出演したピアニストのあさみちゃんよしみちゃん、おつかれさまでした。本当に二人とも素晴らしくて、楽屋のモニターや舞台裏で演奏をききながらじんとしていました。またふたりともとてもかわいいんだもの!


 コンツェルトがおわってからは、トリオでのレコーディングが始まりました。今日はその最終日。明日はまたハードに動き回らねばなりませんが、この富山との行き来もあと数ヶ月。体調を崩し救急車のお世話になりもしましたが、ここまで移動が激しかった2年間はありませんでした。少しだけ、プロの演奏家や先生方のご多忙さに触れたような気がします。もっともっと、ヨーロッパからアジアから、時間も関係なく飛び回る先生方が、時間をとってわたしたちのレッスンをしてくださるのですから本当に有難い限りです。先生に対する敬意はいくらはらってもはらいきれませんね。


 まだ色々あったのですが、それはまた次の記事にてご報告致します。

こちらをいつも見てくださる方々、また、応援してくださる方々、本当に有難う御座います。もう少しまともな演奏家となって、期待してくださっている方々の気持ちにお応え出来るよう、精進して参ります。

感謝を込めて。

星野沙織


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2013年10月8日火曜日

あなたとてをつなぐこと

一番好きな歌があります。定期的にそれを聴いては、その度胸がいっぱいになるのです。

美しくまた素晴らしい詩に、同じかそれ以上素晴らしい音楽が付くとその詩が何倍にも印象深く、また素晴らしく感じますが、三善晃先生の「生きる」はまさにそれだと思っています。

谷川俊太郎は「生きる」の詩の中で、生きているということは木漏れ日が眩しいということだと言いました。海は轟くということ、かたつむりは這うということ、ひとは愛するということ、また、あなたと手をつなぐこと、すべての美しいものに出会うということだと言いました。
もしそれがそうなら、三善晃先生の「生きる」に出逢えたことがわたしにとっての「いきているということ」だったのかもしれません。


三善先生はいま、あちら側でまた美しい詩に美しい音楽を縫い合わせているのでしょうか。わたしがいつかあちら側に行った時、書き溜めた三善先生の素晴らしい作品の数々を聞かせていただけるのだと信じて、先生のご冥福を心よりお祈り致します。



夏に出歩くのが苦手です。地面にたくさん蟻が歩いていて、ずっと注意していないと踏み殺してしまうからとても怖いのです。みなさん経験がおありでしょうが時々見計らったように足の着地点に蟻が走り込んできたりするので、そういう時などは足をあらぬ方向に急旋回させなければならず、その度どきどきします。


秋になってくれたのでそろそろ普通に歩けるなと思っていたのですが、今日のような秋晴れの日ですとまだ忙しく地面を走り回ってお仕事してますね。お疲れ様です。


2,3日前にモンキチョウを見かけて、まさか今の時期に生まれてきたのかとびっくりしましたが今日はシジミチョウのつがいを見つけましたし、カにも刺されました。虫たちも秋晴れの日は嬉しくなるのかしら…

シジミチョウのつがいが鉢植えの草花の中でじゃれあっているのをみていると、命の不思議を感じずにはおれません。蝶々の脳はせいぜい3つの簡単な働きを体に送っているわけで、勿論わたしたちのように複雑な信号を出す脳ではありません。生物学的にみれば、蝶々は子孫を残すという生き物の本能で相手を探すわけです。
そんなことはわかっているし、余計なことを感じてしまうのはわたしが人間だからなのでしょうが、それでも二匹がきらきら木漏れ日の中で踊っている姿は、わたしには愛に満ちているように見えてならないのです。相手に出逢えた喜びや愛を伝えあって、生きていることを喜んでいるように見えてしまうのです。

わたしもこんな掛け値のない、純粋な喜びの中で感謝して生きていけたら、なんてまた柄にもなく思ったりしてしまって、ダンスの邪魔をしないようそっと二匹の横を気配を押し殺して通り過ぎたのでした。



ああ、刺された手首が痛痒い…^^;
写真はアレクサンドルドゥパリの蝶々のカチューシャ
星野沙織

2013年10月5日土曜日

去られるものの静けさ

 ふいに頬や体に触れる空気が冷たく感じまして見上げたらとてもとても遠くに空があったものですから、わたしはつい置いてけぼりになった気がしたのです。
 季節は移り行くたびにわたしを置いていってしまうので、わたしはいつもそのあとを一所懸命おいかけていないとなりません。置いてかれてしまうというのは家主に去られてしまった鳥の巣と一緒です。小さくなりすぎたお勉強机と一緒です。物置に仕舞われたままのクーピーと一緒です。それらはみんな静かになって、やがて口を閉ざして行きます。静かに各々の思い出の中で息をするようになるのです。こういう流れは去られる側にはどうすることもできません。どんな風に去るのかその日がいつなのか、それは去る側にゆだねられているものなので、置いてかれる側はいつもそれを受け身の体勢で待つしかないのです。
 幼い頃から、わたしはなにかに去られるというのにとてもストレスを感じていました。たとえばそれはほんの些細なものにもそうで—いまでもそうなのですが—、好きなグラノーラがなくなってしまうのが怖いであるとか、大切にしている香水がなくなるのが怖いであるとか、お気に入りの色鉛筆が減って行くのが怖いであるとか、小学校の頃のノートが風化して行くのや、幼稚園の時ずっと一緒だった毛布がすり切れて行くのや、ほんとうに小さなことなのですがそういったものがとても怖いというか、大事にしているものが少しずつ弱まって行く姿がたまらなく切なくなるのです。
 今回は打破するぞと意気込んで新しくものを買ったとしても、終わりが見えてくると怖くて使えなくなってくるのです。この歳になってその癖をだいぶん克服してきたかなと思える時もありますがまだまだ難しくて、ものを使い切るということはわたしにとっては勇気のいる作業なのです。

 すこし話がそれました。置いてかれてしまうと次にめぐってくるまでその季節の中で待ち続けないとならないため慌てて追いかけるのですが、慌てて追いかけるせいなのか毎年毎年、「あれ、秋ってこんなに寒かったかな」と思うのです。ひとよりもかなり寒がりなものですから、秋物を着る前に冬物を引っ張りだしてしまうのが残念・・とはいえ、そんなんですから秋物はほとんど持っていません。秋物の色合い、好きなんだけれど^^;
 

 さて、以前のブログで書きましたポストカードのことですが、先日の恵比寿アートカフェフレンズのライブ時、受付横にこっそり置いておりました。一枚160円全三種類です。



恵み

天使


 それぞれは着彩し先日のSMFに出展したためこの線画とは全く異なる仕上がりとなっていますが、ポストカードはポストカードとして違うものとして作りました。また、実際には「SAORI」の文字ははいっていません。
 もしご購入希望の方がいらっしゃいましたらご連絡くださいませ。とても喜びます。(笑)


そう、先日八丈島の方からおじゃれホールでの演奏のお写真が届きました。HPにアップ致しましたので御暇なときにご覧になってください。


ああ、アラステアとビアズリーの画集が欲しい。退廃芸術にどうしても惹かれてしまうのは、わたしの悪い癖なのでしょうか。日本の美徳のひとつである「滅びの美」は、やはり一等美しいなあと思わずにはおれないのです。

星野沙織


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2013年9月26日木曜日

有難う御座いました。

どたばたしているうちにもう9月も終わろうとしておりますね。申し訳ございません。

さて、なにからお話しよう・・・まずは9月5日。

トリオカルディアとして、多摩メディカルクリニックさまのロビーコンサートに出演させていただきました。
暑さの残る中、沢山のお客様にお越し頂きまして有難い限りです。わたしたちのよく演奏するフィガロの結婚序曲や、新しく編曲致しましたピアソラの「ブエノスアイレスの四季」を初披露するなどライブさながらに演奏させていただきました。限られたスペースでの演奏、うるさくがなりたててしまったかなと不安もありましたが院長先生含め聞きにいらしてくださった方々がとても御優しく接してくださり、最後まで気持ちよく演奏することができました。有難う御座います。


次はSMF。Soul meeting Festaの略で、芸術という分野の中で様々なアプローチをなさっている方々が一堂に会し、ご自分の表現したいものを展示、またはパフォーマンスをするグループ展示会なのですが、そちらで初めて、自分の絵を展示させていただきました。


こちらは展示させていただいた絵の一枚で、実際はこれに着色をして完成させました。いつも書くようなファンシーなものと製図ペンで書き込んだ少し細かいものを出展—といいましても、小さなサイズのものを5点ほどでしたので他の方に比べましたらだいぶ楽のはずですが—したのですが、初めてということもあってかずいぶんと時間がかかりました。どのような色合いにするであるとか、どのように書き込んで行くのであるとか、いつもは楽譜がある世界でゼロから音を作ることがないからでしょうか。心の負担のようなものを感じておりました。

最近は作曲をすることもあるからほんの少しはわかるのかもしれませんが、それでも、イラストレーターの方や作曲家のかたなど、無から有を作り出す方はやはり素晴らしいなと思わずにはおれません。わたしも少しでも近づけたら嬉しいのですが、焦らず時間をかけて経験を積んだりセンスを磨かないと難しいですね。

そして、20、21日はトリオカルディアの結成1周年前夜祭ライブおよび1周年ライブがありました。
とても有難い事に両日共満席となりまして、メンバー全員で文字通り嬉しい悲鳴を揚げ続けた二日間でした。わたしの普段からは想像がおつきにならないかもしれませんが、二人ときゃーきゃー言っておりました。笑

21日にはわたしが付け焼き刃で作ったよろよろのオープニングムービーを流していただき、またオリジナルの曲も二曲プログラムにいれていただきましたが聴きにいらしてくださった方の多くが、オリジナルが良かったとおっしゃってくださいまして本当に本当に嬉しく思っています。有難う御座います。

結成当初からいまも、わたしのように作曲やフルートについてのいい加減な知識しかもたない者が曲など作って良いのだろうかと自問自答することが多いのですが、今回のように暖かいお言葉を頂きますと、ああ頑張ろう、って改めて気持ちが引き締まる思いです。本当に感謝致します。

連日、神戸、長野、三重、富山と実に様々なところからお客様がいらしてくださいまして、いつかわたしたちもお礼に各地で演奏が出来たらなあと思っております。演奏しか出来ないわたしたちですが、その演奏でいつか皆様に恩返しが出来るよう、精一杯精進したいと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。


以前少し触れたかもしれませんが、10月に富山県にてコンツェルトを演奏する運びとなりました。オーケストラとコンツェルトを弾けるならこの曲がいい、この曲をと兼ねてから願っていたメンデルスゾーンのコンツェルト。まさかわたしの人生に於いてメンデルスゾーンのコンツェルトをオーケストラと共演出来る瞬間が来るなんて、本当に露程もおもっておりませんでした。思えばチャイコフスキーのコンツェルトを演奏出来たのもタイミングが良かったのだろうし、今回もなにかしら運のようなものが働いてくれたのかなと感じています。運否天賦とは良く言ったものですね。


電車にのっているときやお布団にはいったとき、また、作業をしている折や会場にむかっている道中ふと恐ろしくなる事があって、それはこちらでも何度か書いているのですが、あるとき突然に大切なひとになにかがおこるということが本当に恐ろしいのです。それは例えばわたしの大切なひとが、そのひとにとって大切なひとを失った時、そのひとはその悲しみや重みに耐えられるのだろうかということであったりします。そばにいたところでわたしにはきっとそのひとの痛みをいやせるだけの力はなくて、ただそのひとの命の弱まって行くさまを近くで見ている事しか出来ないのだろうかということが、そのあまりの無力さが恐ろしいのです。
大切なものを失うというのはとてもとても重くて、その重荷で動けずにいるひとのそばにただいることしかできないというのはもしかしたらそれ以上に重いのかもしれないから、だからわたしはせめてそんな思いを大切なひとにはさせたくないと思うのです。理想論すぎて歯が浮きそうですが、それでもそんなきれいごとを思ってしまうのはわたしがまだ精神的に幼いからなのでしょうか。


ちょっと辛気くさくなったので、次回のブログでオリジナルポストカードについて触れたいと思います。21日にこっそり販売していたのですが、なにもインフォメーションしなかったのに買い求めてくださった方もいてくださったようで有難う御座います。感謝感謝です。

秋が日に日に深まって行きますね。どうぞ皆様ご自愛下さいませ。

感謝を込めて。

星野沙織
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2013年9月7日土曜日

背中越しの季節

おはようございます。すこしまた間があいてしまいました。

長々と続いていた猛暑が少しずつ和らいできたなあと思いましたら、今日などはすっかり秋の空気ですね。今年は秋が来ないなあと思っていたけれど、夏のうしろにぴったりくっついていただけで見えなかっただけなのね^^

走り去る風景を車窓から眺めていると、なんだかそのまま夏が去って行くような気がしてすこし不安になります。征矢さんもそんな気分を毎年毎年、もしくは子供の成長を目の当たりにするたび感じていたのでしょうか。

夏が過ぎるといよいよ秋でして、つまり食べ物が一層美味しくなる時期でもあります。笑
柿に栗、さつまいもに秋茄子、たけのこ、梨、さんま、お米…と同時に、すいかが店頭からいなくなって夏が終わった事をまざまざと思い知るのです。
食べ物でひとの体は出来ているわけで、旬のものを頂くとやはりなんだかパワーをもらえるきがしますね。きのことごぼうを沢山いれて炊き込みご飯作りたいなあ。

そして涼しくなってくると恋しいのが温泉ですね。夏場でもお風呂に入りたいお風呂好きのわたしですが、やはり大気が冷えてくると尚更恋しいです。銭湯などで年代も住む場所も違う見ず知らずの方となんとなく言葉を交わしながらお湯をいただいて、湯上がりには瓶詰めの牛乳を飲んで湯冷めしないうちに帰路につく、なんてのもオツなもんですよね。そうだ、帰りに商店街でメンチカツとおでんでも買って帰ろう、なんて事が出来たら言う事ありません。

仕事と学校の都合上SMFの関内での展示設置作業が手伝えず、ご迷惑おかけしていますが、SMF展示は書家、画家、パフォーマー、様々な分野の方が様々な表現で様々な思いを発信しています。どうぞ足をお運びくださいませ。

そうそう、先日頂いたアレクサンドル ドゥ パリというメーカーのバレッタ。とても可愛いのにしっかりと止まってくれて有難いです。重宝しそう!髪の毛の量が多くて…という女性の方は是非一度お使いになってみてください。


お天気が不安定ですと、連動して体調がなんとなく不安定になりがちです。より一層気を引きしめて、健康に留意しないといけませんね。皆様、ご無理は禁物ですよ。

では仕事をして参ります、皆様の一日が充実したものとなりますよう!
星野沙織
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2013年9月1日日曜日

ペリドットと千日紅

8月26日はわたしの誕生日でした。お祝いのお言葉を知り合いから頂いたり、またお心遣いをいただいたり、本当に有難い限りです。私信になり申し訳ないですが、この場を借りて、有難う御座います。

8月の誕生石がペリドットなのは何度か言っているからこちのブログを覗いてくださっている方は覚えたかもしれませんが、誕生花はあまり言っていませんでしたね。
8月26日の誕生花は千日紅。別名せんにちそうとも言います。このような紫のお花。夏から秋までの間、色あせずに咲く事からこの名前がついたと言われています。また、白やピンクのものもあるそうですよ。

花言葉は「終わりのない友情」
わたしの好きな言葉が御座いまして、ある小説の中の一節なのですが
「恋がいつか必ず終わるものなら、わたしたちは恋人同士になるのはやめましょう。」というもので—実際はもっともっと長い一節なのです—、それがとても自分にしっくりくる一文だったものだから以来その言葉は私の中で常に存在している言葉になりました。

得なければ失わないし、触れなければ寂しさを感じずにすむし、見なければほしがらないし、愛されなければ去られる痛みはなく、得られる距離で得ず、触れられる距離で触れず、見られる距離で見ず、それ故に永遠に失う事のない、最も崇高で美しい関係になれるのだと、その一節は解きます。

ではそれが果たして間違っているのか間違っていないのかなどは、わたしにはわかりませんし考えようとも思いません。おおかたの人はそれは悲しい考えだと言うのかもしれません。でも時々心の中で持ち上がってきては、わたしの肩をふいにたたくのです。おそらくわたしのなかにある色々なものへの恐怖があの言葉とうまく結びついているのでしょう。そうしてわたしを臆病にさせるのでしょう。

この一年は大胆にどん欲に進んで行けるように、少し開放的な心持ちになれたらよいのですが!


さて、最近気になる焼き物をみつけました。青森の金山焼きという焼き物なのですが、釉薬を塗らないざらりとした風体で素朴、実に素敵なんです。

この他にも盃やとっくり、コーヒーカップなど種類も様々ですが、どれも良い雰囲気!
ぜひ一度ご覧になってください。
http://www.kanayamayaki.com/shop/

また、この金山焼きは東京ドームシティで開催されるテーブルウェアフェスティバルに毎年出展しているようなので、ご興味ある方はそちらでもいいかもしれません。
http://www.tokyo-dome.co.jp/tableware/


さて、先日無事紅晴美さんのコンサート終了致しました。晴美さんの曲や中島美嘉さんの曲、震災のときに作られた「花は咲く」の編曲などをさせていただきましたが、いつもは自分たちのコンサートやライブで弾くための編曲で今回は他人の、しかも大先輩のコンサートで演奏させていただくための編曲だったのでプレッシャーもありましたが、紅さんからはOKを頂きまして本当にほっと致しました。もっと機転の効く、使えるなと思っていただける人間になれるよう精進致します。


イラストもやっと出来上がりまして、あとは送るだけとなりました。


場所は関内駅から徒歩三分ほどの、ギャラリー楽。
http://gallery-raku.com

わたしは残念ながら期間中行けるかどうかというところですが、もしお時間ある方はぜひあしを御運び下さい。参加なさっているアーティストの方々はみなさん素晴らしい方ばかりです。



ちなみにペリドットの宝石言葉は「夫婦愛」。終わりのない友情で結ばれた夫婦なんて、わたしも良い日に生んでいただいたものです^^


たくさんの方へ感謝を込めて。

星野沙織

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2013年8月20日火曜日

神殿の壁の厚さ

仕事と合わせの合間にふらりと高島屋散歩へ。マキシンの帽子はやっぱり素敵!!冠婚葬祭用のでしょうか、浅くかぶるタイプのベレーで、レースが顔にふんわりとかかり、後頭部には薔薇の飾りがしとやかに置かれています。とてもとてもお上品で、ついこっそりひとりで被ってときめいてしまいました。まるで妃殿下の被るお帽子のよう。上質なものにふれるとなんだか気持ちがふんわりとして高揚しますね。


八丈島と前後しますが、お盆には母方の実家である栃木県に帰っていました。何年前からでしょうか、ひまわり祭りと銘打って畑一面にひまわりを咲かせるイベントが何時の間にか夏に開催されるようになり、今年はわたしも足を運んで見ました。


一面に広がる黄色の花の、その様々な表情に家族でしばらく見とれてしまいました。団体の魅力というのは個体では敵わないとおもわせる力がありますね。まさに圧巻でした。それはグルスキー展でも感じましたね。


栃木ではまた、庭のトマトでミートソースを作り、ナスとじゃがいもでチーズ焼きに致しました。日よけに生やしたゴーヤではチャンプルーを作り、芝生に植えたスイカは今年は小玉とは言い難い大きさにまで成長しました。


都心にいると、裕福な友達や素晴らしい先輩方をみていると、つい夢を見てしまいます。自分もあのように、素敵なアクセサリやお召し物を着てみたい。休みには毎回両親を旅行に行かせ、いいところのお肉やお魚をいい食器の上に素敵に並べ、食卓に並べてみたい。お祝いには上等のワイン。祖父母の家の改築をし、自分だって都心に住んで、コンサートの帰りには両親に泊まってもらえるようにしたい。

でも、栃木で過ごしている時にいつも感じるのは、ここに不足しているものは無いということでした。そりゃあ震災で崩れたところはまだ直せていないし、ガタがきているものは山ほどある。スズメバチは毎年凝りもせず巣を作るし、譜面台とピアノは壊れています、それでも、あそこで過ごす時間はわたしの中でとてもとても大事なものなのです。毎日住んでいないから言える身勝手な発言かもしれませんし、相変わらず都心に帰ればまたいつものように不満が多くなっていくのだけれど、

いつか身の丈にあった幸せというか、ひとつのわたしの到達点を見定められたらいいなあ、なんて思うのです。煩悩にまみれているわたしだけど、どうか神様が導いてくださるように、祈ったりもするのでした。



星野沙織
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