2013年12月25日水曜日

メリークリスマス


神様の御恵みが、皆様の上にありますように。




星野沙織
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2013年12月11日水曜日

パーカー+女の子=MacBookAir

 今日のような暖かい日差しの下にいても、やっぱり大気は凛と冷えていて、いまが師走なのだということを思い知らされるのです。

 バスでの行き来がないと、本当に体が楽です。この二年で当たり前のことがとても有難く感じるようになりました。特に、夜お布団で寝られるということ(笑)。これは本当に幸せなことです。そんなに幸せかな、なんて思う方は恵まれていらっしゃいます。どうかその生活を手放さないよう、元気で楽しく御過ごしになってくださいね!

 先日のショスタコーヴィチ、楽しかったのでまたどこかで演奏したいな・・・なんて思いつつ、そういえば以前演奏したマルタンももう一度やってみたいな、それならメンデルスゾーンも弾きたい・・なんて思ってしまって、これはどこかでトリオの演奏会でも開かなくてはいけないのかしら、と考えたりもしています。


演奏会のお知らせをいくつかさせていただきます。


近日ですが、12月29日に声楽の友人と恵比寿アートカフェフレンズにて演奏することとなりました。

 
 
 開演は19:30で、チケットは3000円にワンドリンクという形だったかと思います。
わたしはどちらかというとサポートメンバーという感じなのですが、短いソロの曲も一曲演奏させていただきます。ピアニストは細木原先輩。マルタンのトリオの時以来なのでお会い出来るのが楽しみです!

 もうひとつ。

わたしが三人で活動している「トリオ・カルディア」のCD発売記念ライブが決定致しました。

日時
2014年 3月28日(金)
開演時間
19:30(予定)
場所

とうとうCD発売、および「レコ初ライブ」なるものを開催する運びとなりました。会場が大きいので、どうぞ皆様足を御運びいただけたら幸いです。また、お友達にもお声掛けいただければと思います。

CDは会場にて勿論販売致します。サインもご要望でしたら承りますので、どうぞ御声かけ下さい。また、わたしのポストカードも持参予定です。

当日のライブはややまったり、レコーディング秘話などを交えて御送り出来たらと思っています。新曲も発表出来たら・・・と考えておりますので、どうぞ皆様、宜しくお願い致します。



双方、お越し頂ける場合は、ホームページのメールフォームよりご連絡ください。折り返し連絡がこなかった場合、お手数ですがもう一度ご連絡いただけたらと思います。宜しくお願い致します。


この間、ふらりとiPadで描きました。

 パーカーってなんだか可愛く見えます。自分が着るとそうでもないんですが・・・

ああ、しかし・・・イラストレーター、どうしよう。そこまで手を出したくはないけれど、今回ジャケット製作などをやってみると必要なのかななんて思ってしまったり、でもいまからはロジックを覚えたりしたいから、そんなものを買ってしまってはいけないわけで・・・

やりたいことは山ほどあるけど、懐と能力が追いつかないのが悔しいですね。そしてだれもが、そんな気持ちを抱えながら暮らしているんですよね。

そう思うと、どんなに悔しい気持ちになっても、投げ出したくなっても、なんとなく、頑張れるような気がするのです。


近日また、書きますね。皆様、きょうも一日おつかれさまでした。

星野沙織



2013年12月8日日曜日

つぼみを開花させるまでに


朝焼けの肌寒さがまだ少し残る中ふと視線をあげたら、こぶしがもう、小さな蕾をその枝いっぱいにつけていました。
花たちはもう、冬が始まる前から春の準備をしているのですね。

桜の体も、そろそろピンクに染まっている頃なのでしょうか。この時期になるといつも思い出すのは、桜はあのピンクの花を咲かせるために、全身を桜色の色素で染めるという話です。その頃の桜の木肌を煮出すか何かすると、ほんのりピンク色が出るのであると、花が散った後、一年をかけてまた桜色を体に溜めて行くのだと、以前なにかで読んだことを思い出すのです。

桜のようないじらしさを忘れずに、わたしも生きていけたらいいのですが。



先日、学内の室内楽発表が全て終了致しました。

自分のリサイタルからあわせて、ブラームスの2番ソナタを合計4人と弾きましたが、リサイタルからというと5月くらいからの付き合いだったこのソナタ。

若い頃は好きではなかったのに、いまではかなり好きな曲のひとつとなりました。こういうこともあるから、歳を重ねるというのも悪くないですね。

トリオではベートーヴェンの大公トリオとショスタコーヴィチのトリオ。どちらも初めてでしたが、チェロを演奏してくださった銅銀先生が丁寧にお優しく教えてくださって、本当に勉強になりました。

2年前、世界のトッププレイヤーである先生と一緒にトリオを演奏させていただけるとは思っていなかったので、本当にこの学校で素晴らしい体験をさせていただけたなと実感しています。

ピアノの生徒さんたちはデュオまで先生と出来るし、本当に凄いシステムだと改めて感じます。こんな充実したところ、ここしかないのではないでしょうか。

一緒に弾いてくださった先生、友達、お疲れ様でした。また、有難う御座います。



演奏会のお知らせですが、12/29に賛助で歌のコンサートに参加します。アートカフェフレンズでやるのですが、まだ詳細がでておりませんで…^^;わかり次第ご連絡致します。


もうひとつ、初デュオライブを行います。
2014年2月1日の夜、六本木ソフトウインドにてクラシック中心のデュオライブ!
ピアニストはピアソラやクラシックを得意とする、加畑嶺さん。わたしの先輩とよく演奏なさっていたり、最近では様々な方との演奏、またCDなどのメディアでもご活躍の方です。


色々ドキドキしますが、初めての二人ライブなので(いつもは3人ですから^^)もし宜しければ足をお運び下さいませ。こちらもまたお知らせ致します。



写真は室内楽発表の時に落書きした絵。


星野沙織
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2013年12月4日水曜日

ひとこと

今日はぼんやりしたり論文を進めたりと、なんだかインドアな状態でした。

ちょっと体調が優れないということもあるのですが、しかしこのように自分のためだけに時間が使えるというのは何より幸せなことですね。

残された時間の中で出来うる最良のことを、何て思っていると気負いすぎてきっと途中で嫌になってしまうから、やらなければならないことはやりつつ、自由に過ごして行きたいなと思うのです。

ああ、早く教習所…( i _ i )



久しぶりにお絵かきしたけど、描いてないと下手になりますね^^;

星野沙織

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2013年11月22日金曜日

美しければそれでいい

雲間から恥じらいもなく差し込んでくる、完全に汚れのない太陽の光を見ると、あの光をもっと近くで体中に浴びたら、ほんの少しだとしても綺麗な心に戻れるんじゃないかと思うのです。



論文が進みません。

 文を書くのは好きなのですが、いかんせん事実や証拠に基づく理論的な文となると途端に筆が重くなります。わたしの場合、文も作曲も気が向いたときに気の向くまま、長さも決めずに書き始めるので、予め「序文、本文、結文、その中に問題提起や解決案、自分の意見」なんて(もしかして専門の方からみたらこの認識も誤っているのかもしれません)決められていると、まずどこから手をつけたら進むのかがわからなくなってしまうのです。


不思議なもので、人間選択肢が多すぎるとあまりにも自由で、決められずに困り果ててしまいますが、型にはめられすぎても身動きがとれなくなるようです。ふべんなものですね^^;


教習所もだいぶんご無沙汰でして、本当に困ったものです。何故か左折がうまくいかないという癖があるのですが、なんでだろう・・・バイオリン弾いてるから、左に重心が行き過ぎているのでしょうか?それでいつも縁石に乗り上げてしまうのかしら・・?

無事にとれるのはいつの日になるのでしょう><なんとしても取って、トリオの二人を乗せて地方公演に繰り出したいものです。


 車というと私はあまり詳しくないのですが、ローパー?とかシトロエンとか、なんとなく可愛いなと思う車はあります。運転のしやすさはきっと軽でしょうが、わたしたち音楽家は荷物がなにかとかさばりますので、それを考えると普通の大きさか、家族用の大きめのものが実用的なのかな、なんて思います。購入予定は勿論御座いませんが、それでも想像したり色々見たりするのは楽しいですね。物件情報やアルバイト情報誌なども、そんな予定なくてもついつい見てしまいます。


 今日は鼻炎が特にひどくて息がとても苦しいのですが、夜のパーティ演奏までに緩和してくれることを願いつつ、論文作成に戻ります。


本日も皆様にとって実りのある一日となりますように。
写真は先日頂いて美味しかったワイン、シャトーヌフデュパプ。


星野沙織


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2013年11月21日木曜日

あこがれの方と。

先日、ニコニコ生放送及び新大久保クオーターノートでの

「ナナカラット6周年記念ライブ」に参加させていただきました。

ナナカラットのメンバーさんたち、また、サポートの方々はどの方もとても御優しくて、まだまだこういうことに不慣れのわたしにもとても親切にしてくださいました。有難う御座いました。


ナナカラットボーカルのあさみさん。


ボーカルのあさみさんは2年前からずっとニコニコ動画の生放送を毎日かかさずおやりになってる努力家で、ストリートライブもおひとりでこなしていた時期もあったそうです。

そういったつらい時期や、日々の努力の積み重ねが今回のような素敵なライブに繋がったのだと思います。ツアー最後のライブに参加させていただき、本当に有難う御座いました。


そして、この日わたしがナナカラットさんのライブに参加させていただけることになったきっかけをくださった方!!

バニラムードのKeikoさんと初めてお会い出来た&初共演!!!


テレビやインターネットで拝見したり、音楽関係の方々から「彼女たちはすごい」というお話を聞く、あこがれの存在だったバニラムードさん。

まさかこのようにご一緒出来る機会がいただけるなんて思っても見ませんでした。
しかもとてもとても御優しくて、かわいらしくて素敵で才能もおありで、本当になんだか興奮してしまいました。あつかましくもツーショット><



今回のナナカラットさんの曲もアレンジとキーボードを担当なさって、テレビ番組の音楽を手がけたり、12月からは「RYMK」というバニラムードの進化形ユニットにおいて、活動の場を更に拡げられることが予想されるKeikoさん。
わたしにもKeikoさんの1/10くらいの能力があればいいのですが・・・日々努力ですね。


トリオカルディアの年内最後のライブを終え、つい先日、学内の重奏発表もおわりました 。
今回、わたしはブラームスのソナタ2番を3人のピアニストと共演させていただいたのですが、三者三様、同じ曲同じピアノでも音色や音楽の作り方は全く違って—それは至極当たり前のことなのですが—、私自身とても勉強になりました。
 思えば自分のリサイタルからずっとつきあってきた2番のソナタですが、もうこれでしばらく弾かなくなるのかと思うとすこし寂しいような気もします。

これからはいよいよシャコンヌとクロイツェルなので、またゆるゆる自分のペースで頑張って参ります。

 年明け、4月以降に東京でワンマンライブといいますか、ミニコンサートが出来たらいいなと思っています。自身の卒業記念に出来たらいいな。実現出来るのかわかりませんが・・・^^;


昨日の夜、打ち上げで一足先に頂いたボジョレーヌーヴォーは、とてもとても若々しくて、20代も半ばをすぎたわたしの身には少しほろ苦いくらいでした。


星野沙織

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2013年11月16日土曜日

本日ニコニコ生放送出演します

久々の更新かと思ったらこんな急な話で申し訳御座いません( ;  ; )

本日18時からニコニコ動画のニコニコ生放送で行われるライブに、サポートとして出演致します。

バンドさんはナナカラットさん。ボーカルのあさみさんの透き通った声と、和を感じさせる曲風がとても素敵なバンドさんです。

チケットは1500円だそうで、それをインターネット上で購入するとどなたでもみられるようです。

わたしが参加するのは数曲ですが、参加しない曲も、どれも素敵な曲ばかりですのでもしお時間ありましたらご覧ください。20時過ぎまでやっているようです。

ナナカラット結成6周年記念ワンマンライブ - ニコニコ生放送
http://sp.live.nicovideo.jp/gate/lv156319143

本日はとても美しい秋晴れでしたね。朝焼けの橙色がいまでも目の中に焼き付いて、心がじんと熱くなるようです。


2013年10月30日水曜日

コンツェルト終了致しました。

 またずいぶんと間が空いてしまいました。申し訳ございません。

わたしが更新しないうちに、空はすっかり高くなって、空気は夜ともなればもうすっかり冬のようにきんと冷え、植物たちは段々とその身を守るように静かに佇み始め、蝉の代わりに鈴虫が鳴き、町を歩く人たちの肩がすこしだけこわばってきましたね。

紅葉がない意外は、もうすっかり秋です。さつまいもや栗、さんまやきのこがおいしい季節です。

毎年、祖父母の実家に生えている柿の木がおいしい実をつけてくれまして、今年も祖父母が送ってくれました。市販のものとは全くちがう甘味とジューシーさに、いつもいつもあっという間に食べきってしまいます。

わたしは幼い頃からスイカが一等好きなのですが、その次になんの果物が好きなのと聞かれたら柿と答えるかもしれません。勿論それは味や食感が好きというのもあるのですが、幼い頃、祖父と枝切り鋏で柿をもいだことや、それを服でこすって丸ごとその場で食べたこと、一年に一度くらいしか顔をだせなくなってしまった今でも、こうして毎年かかさず送ってきてくれる祖父母の顔などが、私の中で辛いくらいに甘酸っぱく思い出され、よけいに美味しく愛しく感じるのかもしれません。丁度それは、お母さんの肉じゃがが好きな男の人の感覚とどこか似ているのかな、なんて思ったりもします。


 表題の話になりますが、今月18日、オーバードホールにてメンデルスゾーンのヴァイオリンコンツェルトをオーケストラの方々と演奏させていただきました。

 オーケストラの方々は大学時代の同級生や先輩、セミナーで知り合った方などが参加してくださっており、とても心強かったです。また、わたしの先生や学校でアンサンブルを教えてくださっている先生も参加してくださっており、まさか先生がコンサートマスターを務めるオーケストラをバックに、メンデルスゾーンを全楽章、それも客席数が2000人を越すホールで演奏出来ることになるなんて、2年前には露程も想像しておりませんでした。

 選抜オーディションの時から、メンデルスゾーンは名曲なので選択するのは勇気がいると言われており、練習の度そのプレッシャーと、曲の圧倒的な素晴らしさに応えられない自分の腕の未熟さに、何度も何度も選択したことを後悔しました。しかし、これがオーケストラとコンツェルトを演奏出来るわたしの人生最後のチャンスだと考えたとき、なんの曲をやれば後悔しないのかと自分とむかいあうと、やはりメンデルスゾーンしかでてこなかったのです。

1809年に生まれ、1947年にその短い生涯を閉じたメンデルスゾーンは、貴族の出ではありましたが精神がとても繊細で、そういった精神的な弱さを持っているひとでした。神経症がもとで衰弱し、発作によるくも膜下出血で亡くなったとされていますが、その繊細すぎる神経をもっているというところも、なんだか妙に魅力的に感じられるのです。(写真は12歳のメンデルスゾーン。美男子ですね。)

 人間誰しもそうだと思うのですが、時々すべてにおいてとても不安になるときがあって、そんな時はなにをしても落ち着かなく、声を張り上げたくなるのです。わたしの存在を忘れないでいて欲しいと思う反面、だれにもかまわれずにひとりきりになりたいのです。ひとりで生きられるようになりたいと願った瞬間に、大切な存在を作りたいと思うのです。

衝動的なものだったり、一過性のものなので、数日もすればまた普通に暮らすのですが、メンデルスゾーンはこのような、おそらくもっと複雑で複合的な不安定さを、若い頃からずっと引きずって生きていたのでしょう。だから彼の曲の中には時折、ぐらりと足下が歪むような感覚に襲われるメロディがあるのかもしれません。


 オーディションに合格した時はなかなか信じられず、実感がわかないまま時間が過ぎて行ったように感じます。オーケストラとの合わせも何度もやっていただき、本当にお世話になりました。長丁場でお疲れなのに、みなさん本当に御優しく、また指揮者の先生も丁寧にご指導下さいました。
 オーケストラ合わせが始まった頃、ヴァイオリンに不具合がでて—E線がひっくり返るというものだったのですが、これがなかなか厄介で本当に青ざめました。どうすればいいのかと楽器屋さんに泣きついて、遠隔から対処法を教わったり、また替えの線を送っていただいたりと、楽器屋さんにもご迷惑を!本当に有難う御座いました。


 わたしが行っている楽器屋さんはもうずっと前からのおつきあいで、本当に親身になってくださいます。楽器の持ち方のレッスンから、わたしの他愛無い世間話まで、嫌な顔ひとつせずつきあってくださる担当のMさんには、感謝をしてもしきれません。有難う御座います。


 本番当日はなんだか落ち着かなくて早めに楽屋に。ご飯を食べてゲネプロをして、ドレスに着替えてお化粧をして、あれって言う間に時間になりました。

 演奏が終わり、ブラボーの言葉を頂いたとき、ああこれでもうオーケストラと弾くことはないのかもしれない、この角度から指揮者の方を見ることはないのかもしれないと思うと、なんだかじんとしてしまいました。笑顔で握手をしてくださった指揮の円光寺先生の紅潮した頬の色や、振り返ってコンサートマスターの席にいらっしゃる先生と握手をしたとき良かったよとおっしゃっていただけたこと、その時そこから眺めた、ソリストでないと見ることが出来ない角度からのヴァイオリンセクションの美しさ、先生がそばでわたしのためにオーケストラのパートを弾いてくださっていたということ、最後まで暖かく聞いてくださっていたお客様、仕事で聞きにこられなかった父、高齢でくることはかなわなかったけれどいつも応援してくれている祖父母、にこやかに拍手を送ってくれたオーケストラのメンバーの方々、そのすべての風景や音や、光や匂いが、今でも思い出すとたまらなく幸せなのです。


拍手を頂いて3度目に舞台に戻る時、出るのが少し遅れてしまって慌てて舞台へ走り出したのですが、拍手が鳴り止みかけたのに走っていた勢いで止まれず、直前に舞台袖から顔をひょっこり出してしまいました><でも皆様御優しくまた拍手をくださいまして、嬉しいやら恥ずかしいやら、それもまた思い出となりました。

 当日はわざわざ東京からお越し下さった方が幾人かいらっしゃいまして、申し訳ないといいますか、本当に有難い限りです。有難う御座います。しかもお花やプレゼントまでもってきてくださった方も!!本当に本当に感謝です。有難う御座います。;;

 また、翌日の北陸新聞に写真付きで掲載していただき、本当に思わぬプレゼントを頂いてしまいました!有難う御座います。記事の写真はHPに載せましたので、ご覧くださいませ。


 一緒にソリストとして出演したピアニストのあさみちゃんよしみちゃん、おつかれさまでした。本当に二人とも素晴らしくて、楽屋のモニターや舞台裏で演奏をききながらじんとしていました。またふたりともとてもかわいいんだもの!


 コンツェルトがおわってからは、トリオでのレコーディングが始まりました。今日はその最終日。明日はまたハードに動き回らねばなりませんが、この富山との行き来もあと数ヶ月。体調を崩し救急車のお世話になりもしましたが、ここまで移動が激しかった2年間はありませんでした。少しだけ、プロの演奏家や先生方のご多忙さに触れたような気がします。もっともっと、ヨーロッパからアジアから、時間も関係なく飛び回る先生方が、時間をとってわたしたちのレッスンをしてくださるのですから本当に有難い限りです。先生に対する敬意はいくらはらってもはらいきれませんね。


 まだ色々あったのですが、それはまた次の記事にてご報告致します。

こちらをいつも見てくださる方々、また、応援してくださる方々、本当に有難う御座います。もう少しまともな演奏家となって、期待してくださっている方々の気持ちにお応え出来るよう、精進して参ります。

感謝を込めて。

星野沙織


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2013年10月8日火曜日

あなたとてをつなぐこと

一番好きな歌があります。定期的にそれを聴いては、その度胸がいっぱいになるのです。

美しくまた素晴らしい詩に、同じかそれ以上素晴らしい音楽が付くとその詩が何倍にも印象深く、また素晴らしく感じますが、三善晃先生の「生きる」はまさにそれだと思っています。

谷川俊太郎は「生きる」の詩の中で、生きているということは木漏れ日が眩しいということだと言いました。海は轟くということ、かたつむりは這うということ、ひとは愛するということ、また、あなたと手をつなぐこと、すべての美しいものに出会うということだと言いました。
もしそれがそうなら、三善晃先生の「生きる」に出逢えたことがわたしにとっての「いきているということ」だったのかもしれません。


三善先生はいま、あちら側でまた美しい詩に美しい音楽を縫い合わせているのでしょうか。わたしがいつかあちら側に行った時、書き溜めた三善先生の素晴らしい作品の数々を聞かせていただけるのだと信じて、先生のご冥福を心よりお祈り致します。



夏に出歩くのが苦手です。地面にたくさん蟻が歩いていて、ずっと注意していないと踏み殺してしまうからとても怖いのです。みなさん経験がおありでしょうが時々見計らったように足の着地点に蟻が走り込んできたりするので、そういう時などは足をあらぬ方向に急旋回させなければならず、その度どきどきします。


秋になってくれたのでそろそろ普通に歩けるなと思っていたのですが、今日のような秋晴れの日ですとまだ忙しく地面を走り回ってお仕事してますね。お疲れ様です。


2,3日前にモンキチョウを見かけて、まさか今の時期に生まれてきたのかとびっくりしましたが今日はシジミチョウのつがいを見つけましたし、カにも刺されました。虫たちも秋晴れの日は嬉しくなるのかしら…

シジミチョウのつがいが鉢植えの草花の中でじゃれあっているのをみていると、命の不思議を感じずにはおれません。蝶々の脳はせいぜい3つの簡単な働きを体に送っているわけで、勿論わたしたちのように複雑な信号を出す脳ではありません。生物学的にみれば、蝶々は子孫を残すという生き物の本能で相手を探すわけです。
そんなことはわかっているし、余計なことを感じてしまうのはわたしが人間だからなのでしょうが、それでも二匹がきらきら木漏れ日の中で踊っている姿は、わたしには愛に満ちているように見えてならないのです。相手に出逢えた喜びや愛を伝えあって、生きていることを喜んでいるように見えてしまうのです。

わたしもこんな掛け値のない、純粋な喜びの中で感謝して生きていけたら、なんてまた柄にもなく思ったりしてしまって、ダンスの邪魔をしないようそっと二匹の横を気配を押し殺して通り過ぎたのでした。



ああ、刺された手首が痛痒い…^^;
写真はアレクサンドルドゥパリの蝶々のカチューシャ
星野沙織

2013年10月5日土曜日

去られるものの静けさ

 ふいに頬や体に触れる空気が冷たく感じまして見上げたらとてもとても遠くに空があったものですから、わたしはつい置いてけぼりになった気がしたのです。
 季節は移り行くたびにわたしを置いていってしまうので、わたしはいつもそのあとを一所懸命おいかけていないとなりません。置いてかれてしまうというのは家主に去られてしまった鳥の巣と一緒です。小さくなりすぎたお勉強机と一緒です。物置に仕舞われたままのクーピーと一緒です。それらはみんな静かになって、やがて口を閉ざして行きます。静かに各々の思い出の中で息をするようになるのです。こういう流れは去られる側にはどうすることもできません。どんな風に去るのかその日がいつなのか、それは去る側にゆだねられているものなので、置いてかれる側はいつもそれを受け身の体勢で待つしかないのです。
 幼い頃から、わたしはなにかに去られるというのにとてもストレスを感じていました。たとえばそれはほんの些細なものにもそうで—いまでもそうなのですが—、好きなグラノーラがなくなってしまうのが怖いであるとか、大切にしている香水がなくなるのが怖いであるとか、お気に入りの色鉛筆が減って行くのが怖いであるとか、小学校の頃のノートが風化して行くのや、幼稚園の時ずっと一緒だった毛布がすり切れて行くのや、ほんとうに小さなことなのですがそういったものがとても怖いというか、大事にしているものが少しずつ弱まって行く姿がたまらなく切なくなるのです。
 今回は打破するぞと意気込んで新しくものを買ったとしても、終わりが見えてくると怖くて使えなくなってくるのです。この歳になってその癖をだいぶん克服してきたかなと思える時もありますがまだまだ難しくて、ものを使い切るということはわたしにとっては勇気のいる作業なのです。

 すこし話がそれました。置いてかれてしまうと次にめぐってくるまでその季節の中で待ち続けないとならないため慌てて追いかけるのですが、慌てて追いかけるせいなのか毎年毎年、「あれ、秋ってこんなに寒かったかな」と思うのです。ひとよりもかなり寒がりなものですから、秋物を着る前に冬物を引っ張りだしてしまうのが残念・・とはいえ、そんなんですから秋物はほとんど持っていません。秋物の色合い、好きなんだけれど^^;
 

 さて、以前のブログで書きましたポストカードのことですが、先日の恵比寿アートカフェフレンズのライブ時、受付横にこっそり置いておりました。一枚160円全三種類です。



恵み

天使


 それぞれは着彩し先日のSMFに出展したためこの線画とは全く異なる仕上がりとなっていますが、ポストカードはポストカードとして違うものとして作りました。また、実際には「SAORI」の文字ははいっていません。
 もしご購入希望の方がいらっしゃいましたらご連絡くださいませ。とても喜びます。(笑)


そう、先日八丈島の方からおじゃれホールでの演奏のお写真が届きました。HPにアップ致しましたので御暇なときにご覧になってください。


ああ、アラステアとビアズリーの画集が欲しい。退廃芸術にどうしても惹かれてしまうのは、わたしの悪い癖なのでしょうか。日本の美徳のひとつである「滅びの美」は、やはり一等美しいなあと思わずにはおれないのです。

星野沙織


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2013年9月26日木曜日

有難う御座いました。

どたばたしているうちにもう9月も終わろうとしておりますね。申し訳ございません。

さて、なにからお話しよう・・・まずは9月5日。

トリオカルディアとして、多摩メディカルクリニックさまのロビーコンサートに出演させていただきました。
暑さの残る中、沢山のお客様にお越し頂きまして有難い限りです。わたしたちのよく演奏するフィガロの結婚序曲や、新しく編曲致しましたピアソラの「ブエノスアイレスの四季」を初披露するなどライブさながらに演奏させていただきました。限られたスペースでの演奏、うるさくがなりたててしまったかなと不安もありましたが院長先生含め聞きにいらしてくださった方々がとても御優しく接してくださり、最後まで気持ちよく演奏することができました。有難う御座います。


次はSMF。Soul meeting Festaの略で、芸術という分野の中で様々なアプローチをなさっている方々が一堂に会し、ご自分の表現したいものを展示、またはパフォーマンスをするグループ展示会なのですが、そちらで初めて、自分の絵を展示させていただきました。


こちらは展示させていただいた絵の一枚で、実際はこれに着色をして完成させました。いつも書くようなファンシーなものと製図ペンで書き込んだ少し細かいものを出展—といいましても、小さなサイズのものを5点ほどでしたので他の方に比べましたらだいぶ楽のはずですが—したのですが、初めてということもあってかずいぶんと時間がかかりました。どのような色合いにするであるとか、どのように書き込んで行くのであるとか、いつもは楽譜がある世界でゼロから音を作ることがないからでしょうか。心の負担のようなものを感じておりました。

最近は作曲をすることもあるからほんの少しはわかるのかもしれませんが、それでも、イラストレーターの方や作曲家のかたなど、無から有を作り出す方はやはり素晴らしいなと思わずにはおれません。わたしも少しでも近づけたら嬉しいのですが、焦らず時間をかけて経験を積んだりセンスを磨かないと難しいですね。

そして、20、21日はトリオカルディアの結成1周年前夜祭ライブおよび1周年ライブがありました。
とても有難い事に両日共満席となりまして、メンバー全員で文字通り嬉しい悲鳴を揚げ続けた二日間でした。わたしの普段からは想像がおつきにならないかもしれませんが、二人ときゃーきゃー言っておりました。笑

21日にはわたしが付け焼き刃で作ったよろよろのオープニングムービーを流していただき、またオリジナルの曲も二曲プログラムにいれていただきましたが聴きにいらしてくださった方の多くが、オリジナルが良かったとおっしゃってくださいまして本当に本当に嬉しく思っています。有難う御座います。

結成当初からいまも、わたしのように作曲やフルートについてのいい加減な知識しかもたない者が曲など作って良いのだろうかと自問自答することが多いのですが、今回のように暖かいお言葉を頂きますと、ああ頑張ろう、って改めて気持ちが引き締まる思いです。本当に感謝致します。

連日、神戸、長野、三重、富山と実に様々なところからお客様がいらしてくださいまして、いつかわたしたちもお礼に各地で演奏が出来たらなあと思っております。演奏しか出来ないわたしたちですが、その演奏でいつか皆様に恩返しが出来るよう、精一杯精進したいと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。


以前少し触れたかもしれませんが、10月に富山県にてコンツェルトを演奏する運びとなりました。オーケストラとコンツェルトを弾けるならこの曲がいい、この曲をと兼ねてから願っていたメンデルスゾーンのコンツェルト。まさかわたしの人生に於いてメンデルスゾーンのコンツェルトをオーケストラと共演出来る瞬間が来るなんて、本当に露程もおもっておりませんでした。思えばチャイコフスキーのコンツェルトを演奏出来たのもタイミングが良かったのだろうし、今回もなにかしら運のようなものが働いてくれたのかなと感じています。運否天賦とは良く言ったものですね。


電車にのっているときやお布団にはいったとき、また、作業をしている折や会場にむかっている道中ふと恐ろしくなる事があって、それはこちらでも何度か書いているのですが、あるとき突然に大切なひとになにかがおこるということが本当に恐ろしいのです。それは例えばわたしの大切なひとが、そのひとにとって大切なひとを失った時、そのひとはその悲しみや重みに耐えられるのだろうかということであったりします。そばにいたところでわたしにはきっとそのひとの痛みをいやせるだけの力はなくて、ただそのひとの命の弱まって行くさまを近くで見ている事しか出来ないのだろうかということが、そのあまりの無力さが恐ろしいのです。
大切なものを失うというのはとてもとても重くて、その重荷で動けずにいるひとのそばにただいることしかできないというのはもしかしたらそれ以上に重いのかもしれないから、だからわたしはせめてそんな思いを大切なひとにはさせたくないと思うのです。理想論すぎて歯が浮きそうですが、それでもそんなきれいごとを思ってしまうのはわたしがまだ精神的に幼いからなのでしょうか。


ちょっと辛気くさくなったので、次回のブログでオリジナルポストカードについて触れたいと思います。21日にこっそり販売していたのですが、なにもインフォメーションしなかったのに買い求めてくださった方もいてくださったようで有難う御座います。感謝感謝です。

秋が日に日に深まって行きますね。どうぞ皆様ご自愛下さいませ。

感謝を込めて。

星野沙織
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2013年9月7日土曜日

背中越しの季節

おはようございます。すこしまた間があいてしまいました。

長々と続いていた猛暑が少しずつ和らいできたなあと思いましたら、今日などはすっかり秋の空気ですね。今年は秋が来ないなあと思っていたけれど、夏のうしろにぴったりくっついていただけで見えなかっただけなのね^^

走り去る風景を車窓から眺めていると、なんだかそのまま夏が去って行くような気がしてすこし不安になります。征矢さんもそんな気分を毎年毎年、もしくは子供の成長を目の当たりにするたび感じていたのでしょうか。

夏が過ぎるといよいよ秋でして、つまり食べ物が一層美味しくなる時期でもあります。笑
柿に栗、さつまいもに秋茄子、たけのこ、梨、さんま、お米…と同時に、すいかが店頭からいなくなって夏が終わった事をまざまざと思い知るのです。
食べ物でひとの体は出来ているわけで、旬のものを頂くとやはりなんだかパワーをもらえるきがしますね。きのことごぼうを沢山いれて炊き込みご飯作りたいなあ。

そして涼しくなってくると恋しいのが温泉ですね。夏場でもお風呂に入りたいお風呂好きのわたしですが、やはり大気が冷えてくると尚更恋しいです。銭湯などで年代も住む場所も違う見ず知らずの方となんとなく言葉を交わしながらお湯をいただいて、湯上がりには瓶詰めの牛乳を飲んで湯冷めしないうちに帰路につく、なんてのもオツなもんですよね。そうだ、帰りに商店街でメンチカツとおでんでも買って帰ろう、なんて事が出来たら言う事ありません。

仕事と学校の都合上SMFの関内での展示設置作業が手伝えず、ご迷惑おかけしていますが、SMF展示は書家、画家、パフォーマー、様々な分野の方が様々な表現で様々な思いを発信しています。どうぞ足をお運びくださいませ。

そうそう、先日頂いたアレクサンドル ドゥ パリというメーカーのバレッタ。とても可愛いのにしっかりと止まってくれて有難いです。重宝しそう!髪の毛の量が多くて…という女性の方は是非一度お使いになってみてください。


お天気が不安定ですと、連動して体調がなんとなく不安定になりがちです。より一層気を引きしめて、健康に留意しないといけませんね。皆様、ご無理は禁物ですよ。

では仕事をして参ります、皆様の一日が充実したものとなりますよう!
星野沙織
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2013年9月1日日曜日

ペリドットと千日紅

8月26日はわたしの誕生日でした。お祝いのお言葉を知り合いから頂いたり、またお心遣いをいただいたり、本当に有難い限りです。私信になり申し訳ないですが、この場を借りて、有難う御座います。

8月の誕生石がペリドットなのは何度か言っているからこちのブログを覗いてくださっている方は覚えたかもしれませんが、誕生花はあまり言っていませんでしたね。
8月26日の誕生花は千日紅。別名せんにちそうとも言います。このような紫のお花。夏から秋までの間、色あせずに咲く事からこの名前がついたと言われています。また、白やピンクのものもあるそうですよ。

花言葉は「終わりのない友情」
わたしの好きな言葉が御座いまして、ある小説の中の一節なのですが
「恋がいつか必ず終わるものなら、わたしたちは恋人同士になるのはやめましょう。」というもので—実際はもっともっと長い一節なのです—、それがとても自分にしっくりくる一文だったものだから以来その言葉は私の中で常に存在している言葉になりました。

得なければ失わないし、触れなければ寂しさを感じずにすむし、見なければほしがらないし、愛されなければ去られる痛みはなく、得られる距離で得ず、触れられる距離で触れず、見られる距離で見ず、それ故に永遠に失う事のない、最も崇高で美しい関係になれるのだと、その一節は解きます。

ではそれが果たして間違っているのか間違っていないのかなどは、わたしにはわかりませんし考えようとも思いません。おおかたの人はそれは悲しい考えだと言うのかもしれません。でも時々心の中で持ち上がってきては、わたしの肩をふいにたたくのです。おそらくわたしのなかにある色々なものへの恐怖があの言葉とうまく結びついているのでしょう。そうしてわたしを臆病にさせるのでしょう。

この一年は大胆にどん欲に進んで行けるように、少し開放的な心持ちになれたらよいのですが!


さて、最近気になる焼き物をみつけました。青森の金山焼きという焼き物なのですが、釉薬を塗らないざらりとした風体で素朴、実に素敵なんです。

この他にも盃やとっくり、コーヒーカップなど種類も様々ですが、どれも良い雰囲気!
ぜひ一度ご覧になってください。
http://www.kanayamayaki.com/shop/

また、この金山焼きは東京ドームシティで開催されるテーブルウェアフェスティバルに毎年出展しているようなので、ご興味ある方はそちらでもいいかもしれません。
http://www.tokyo-dome.co.jp/tableware/


さて、先日無事紅晴美さんのコンサート終了致しました。晴美さんの曲や中島美嘉さんの曲、震災のときに作られた「花は咲く」の編曲などをさせていただきましたが、いつもは自分たちのコンサートやライブで弾くための編曲で今回は他人の、しかも大先輩のコンサートで演奏させていただくための編曲だったのでプレッシャーもありましたが、紅さんからはOKを頂きまして本当にほっと致しました。もっと機転の効く、使えるなと思っていただける人間になれるよう精進致します。


イラストもやっと出来上がりまして、あとは送るだけとなりました。


場所は関内駅から徒歩三分ほどの、ギャラリー楽。
http://gallery-raku.com

わたしは残念ながら期間中行けるかどうかというところですが、もしお時間ある方はぜひあしを御運び下さい。参加なさっているアーティストの方々はみなさん素晴らしい方ばかりです。



ちなみにペリドットの宝石言葉は「夫婦愛」。終わりのない友情で結ばれた夫婦なんて、わたしも良い日に生んでいただいたものです^^


たくさんの方へ感謝を込めて。

星野沙織

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2013年8月20日火曜日

神殿の壁の厚さ

仕事と合わせの合間にふらりと高島屋散歩へ。マキシンの帽子はやっぱり素敵!!冠婚葬祭用のでしょうか、浅くかぶるタイプのベレーで、レースが顔にふんわりとかかり、後頭部には薔薇の飾りがしとやかに置かれています。とてもとてもお上品で、ついこっそりひとりで被ってときめいてしまいました。まるで妃殿下の被るお帽子のよう。上質なものにふれるとなんだか気持ちがふんわりとして高揚しますね。


八丈島と前後しますが、お盆には母方の実家である栃木県に帰っていました。何年前からでしょうか、ひまわり祭りと銘打って畑一面にひまわりを咲かせるイベントが何時の間にか夏に開催されるようになり、今年はわたしも足を運んで見ました。


一面に広がる黄色の花の、その様々な表情に家族でしばらく見とれてしまいました。団体の魅力というのは個体では敵わないとおもわせる力がありますね。まさに圧巻でした。それはグルスキー展でも感じましたね。


栃木ではまた、庭のトマトでミートソースを作り、ナスとじゃがいもでチーズ焼きに致しました。日よけに生やしたゴーヤではチャンプルーを作り、芝生に植えたスイカは今年は小玉とは言い難い大きさにまで成長しました。


都心にいると、裕福な友達や素晴らしい先輩方をみていると、つい夢を見てしまいます。自分もあのように、素敵なアクセサリやお召し物を着てみたい。休みには毎回両親を旅行に行かせ、いいところのお肉やお魚をいい食器の上に素敵に並べ、食卓に並べてみたい。お祝いには上等のワイン。祖父母の家の改築をし、自分だって都心に住んで、コンサートの帰りには両親に泊まってもらえるようにしたい。

でも、栃木で過ごしている時にいつも感じるのは、ここに不足しているものは無いということでした。そりゃあ震災で崩れたところはまだ直せていないし、ガタがきているものは山ほどある。スズメバチは毎年凝りもせず巣を作るし、譜面台とピアノは壊れています、それでも、あそこで過ごす時間はわたしの中でとてもとても大事なものなのです。毎日住んでいないから言える身勝手な発言かもしれませんし、相変わらず都心に帰ればまたいつものように不満が多くなっていくのだけれど、

いつか身の丈にあった幸せというか、ひとつのわたしの到達点を見定められたらいいなあ、なんて思うのです。煩悩にまみれているわたしだけど、どうか神様が導いてくださるように、祈ったりもするのでした。



星野沙織
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2013年8月18日日曜日

八丈島より

八丈島おじゃれホールにて、こけら落とし公演無事に終了しました。お聞きくださった島民の方々、またご一緒させていただいた素晴らしいプレイヤーの皆々様、お声をかけてくださった小森谷先生、有難う御座いました。とても幸せな経験をさせていただきました!!こんな機会でもないと、八丈島にこられなかったでしょう。

おじゃれホールは深海をイメージして作られたそうで、照明は水泡のように大小のまるで形作られ、また座席の色も水をイメージした鮮やかなライトブルー。天井に設置された照明用の支えや壁などは暗めの色合いで岩窟をイメージしているかのようで、音楽ホールとして作られたわけではないのですがとても響きの良い、また雰囲気も素晴らしいホールでした。ここでまた演奏出来たらいいなあ。トリオの三人でこられたら素敵なのになあなんて、そんなことふと思ってしまったりしました。

開演前にはなんと、松本蘭先輩が直々にわたしの髪の毛を巻いてくれました!!感激すぎる…( ; ; )もうずっと、小さな頃から憧れの先輩だった蘭さんとご一緒出来るだけでも有難いのに、髪の毛巻き巻きしてもらえるなんて。思わず記念に写真を撮ってしまいました(>_<)



ちなみに黒い洋服なのは小森谷先生、松本知将さん、中実穂さんのメンデルスゾーンのトリオの譜めくりをするためです。舞台上で一流の方の演奏を聴けるなんてこんな贅沢な経験までさせていただき、本当に思い出に残るコンサートとなりました。


開演前には近くの公園をお散歩。やはり八丈島、東京ではみられない独特の樹木が生えていましたし、鳥たちもいままで聞いたことないような歌声です。ちょうちょはまた美しくあざやかで、モンキチョウの黄色などはとてもとても、熟れたバナナよりも鮮やかでした。







いまから打ち上げご飯。昨晩も美味しいご飯を頂きましたので、いかんせんこちらに来てから食べ過ぎです…(>_<)

星野沙織
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2013年8月16日金曜日

言葉にしたらなにかが変わってしまう

昨日は終戦記念日でしたね。68年前、玉音放送のあった正午丁度から、チャリティ演奏をさせていただきました。

わたしは戦争を全く知らないし、復興と混乱にただ進むしかなかった日本の情勢や世界的立場なども歴史として知っているだけでよくはわかりません。そして、今と昔、あるいは他国と自国においてどちらが良いのかなどはもっとわかりません。そしてそれを比べるために勉強したいとも思いません。勉強したところでわたしは多分、なにも動かないだろうとわかっているからです。ただ不満を口にしてなにもしないだけだろうから、たとえば事実を知って憂うことになるなら、それは悲しかったり辛かったりする思いを自分の中に増やすだけのような気がして嫌なのです。

ただ、どんな時代のどんな国に生まれていたとしてもきっと確かに思うことら、わたしの大切な人たちが悲しいことのために涙を流さないようにということです。一番怖いのは、わたしのために誰かが涙を流すことだと最近思うのです。誰かを失うことでわたしが悲しく思うより、それは余程怖くて悲しくていたたまれないのです。誰かに惜しまれるような出来た人間ではないから、ただどこかでこっそり生きさせてもらえればいいなんてそんなこと思ったりもすれば、うんと愛されていたいと思いもするめちゃくちゃなものだから、だからどうか、わたしの大事なひとたちを手を握って送り出してあげられるように、そんな世界であればいいのです。


マザーテレサの空っぽな体の中には、彼女が握った手の、無数のひとびとのあたたかさが詰まっていたのでしょうか。そのあたたかさが彼女のいのちの火であるように、本当はそうではなく彼女には彼女の火が小さく燃えていたのに、外から見るわたしたちにはその火はあんまり奥ゆかしく燃えていたので気がつかなかったのでしょうか。それとも、彼女の火はいつしかもう燃えることをやめて、降り積もるひとびとの火に飲み込まれ一体となったのでしょうか。

もしわたしの大事なひとが彼女のような生き方をしていたら、わたしはきっと泣いてしまうでしょう。やめてくださいとお願いしてしまうでしょう。自分のために生きてくださいと言ってしまうでしょう。

世界には信じられないほど強い方がいらっしゃいます。慈しみを強さにする方、ひたむきな探求を強さにする方、言葉を強さにする方、肉体を強さにする方、そしてひとはみんな、愛によってもっと強くなるのでしょう。


わたしは音楽でなにができるのでしょう。音楽はなぜひとの生活に必要なのでしょう。詩はなぜこころを打つのでしょう。声はなぜこんなに染み渡り、ぬくみは安心を与えてくれるのでしょう。

そんなことをふと、またはぼんやりと、とりとめもなく考えてしまうのでした。

動画は先日のチャリティ演奏より、さとうきび畑。



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2013年8月14日水曜日

構成としての生

先日、ドイツの現代写真家であるアンドレアス・グルスキーさんの個展を拝見するために国立新美術館へ行ってまいりました。海外で、ことアメリカやドイツなどでは幾たびも個展を開いていたグルスキーさんですが、日本での個展は今回が初ということで彼の代表作が惜しげもなく何点も展示されておりました。なんと贅沢な!

とはいえ、わたしはこの展示までグルスキーさんのことを全く知りませんでした。チラシなどの写真を見てもなんとなくピンとこないといいますか、印象派絵画のほうが美しいなあなんて思っていたのです。

しかし、実際目の前いっぱいに広がる牧場の、牛たちの自由ながら美しく配置されているーそれは意図としてそこに置かれているわけではないはずで、またどの牛が座ってどの牛が立っているなども指示出来るはずも無いのですーさまや、アパルトメントの色とりどりの窓にカーテン、場合によってはカメラのほうを覗くような視線の住人、モノクロに色彩調整されたカテドラルの、そこから漏れる透明で粛々とした光が映し出す細かな埃など、その作品たちひとつひとつを見ているうちに、何時の間にかわたしの中にある時間軸は失われ、それにより空いたスペースにただ新鮮で美しいそれらの写真をしまい込むのに必死になっていました。こと証券取引所でやりあう多くの人々や、メーデーで集まった群衆の、丘のような様相は、人間がこの世界や社会や仕組みの中で、その仕組みを動かし支配している側ではなく、動かされ支配されているひとつの構成物質となっているように感じられてとても新鮮且つ新たな気持ちを感じられたことへの喜びを得ることが出来ました。

いままでグルスキーさんのことを知らなかったのがもったいないです。そして、もしまだご覧になったことがない方がいらっしゃったら是非足をお運びくださいませ。

http://gursky.jp/


グルスキーさんの個展に行く前に、ちょっと腹ごしらえ、ということでランチを頂きました。レスプリ・ミタニさんというお店。普段はジビエが充実しているようなのですが、時期的にいまはジビエではないのでバスク風オムレツや羊肉などを頂きました。ボリュームありすぎて、ぱんぱんになってしまいましたが、どうやら夜はもっと凄いボリュームだそうで…わ、わたしまだ修行が足らないようです^^;笑

お店の近くにはワインのお店もあって、試飲などをさせていただいちゃったり。ミタニでは昼間からシャンパンを飲んじゃったりして、もうなんていうかとってもリフレッシュした一日でした。音楽も好きだけど、やはりわたし、絵画や写真が好きだなあ!

本日はチャリティ演奏。いってまいります。

星野沙織
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2013年8月8日木曜日

ティファニーとビアズリー

8月も一週間が過ぎましたが暑さもまだまだ厳しいですね。緑はより一層力強く成長し、太陽の光を充分跳ね返すだけの力を蓄えているようです。蝉はこぞって鳴き交わし、その声の合間合間をアゲハチョウの美しい羽が縫っていきます。時折顔をみせるトンボの細い身体に秋の気配を感じたりしながら、いっぱいに日差しを吸い込んだ野菜や果実を毎日頂けるのはとても嬉しいことですね。


先日、何年ぶりかに百貨店内のティファニーを母と覗いたのですがやはりとても美しくて上品で、見ていてふんわりと優しい気分になりました。しかしあのエメラルドグリーンのような色をみただけで大抵のひとがティファニーとわかるのだから、すごいことだなと思います。色だけでブランドが想像されるって、ティファニーくらいのものじゃないかしら…

それからふとまた、ビアズリーの絵とティファニーが一緒になったらとても素敵なんじゃないかなと考えていました。ビアズリーの描いたサロメの首にティファニーのネックレスがかかっている、ティファニーの優しくて純粋な美しさと、ビアズリーの死を感じさせる退廃的な美しさがどんな風に合わさるのか、とても見てみたい!オフィーリアの死もそうですが、純なものの死、それもやや狂気じみた死というのは心の筐底からなにかが湧き上がるような、ぞくぞくとした恐ろしさと艶やかさを感じずにはおれません。なのでビアズリーやアラステア、ハリークラークなどの絵はわたしにとってかなり興味深く好きなのでした。あ、でもルノワールやピカソ、レンブラントにゴッホ、モネ、ミレー、ミロ、あとマン・レイなんかも勿論好きです!

…ビアズリーの画集とか、もう洋書でしかないし取り寄せもできなかったりするから困る…( ; ; )あと買ってすぐ使ってみようとしたら色が全く出なかったマーカー、交換しにいかなきゃなあ…


先日、チェコで活躍している友人と2年半ぶりに会って話をしました。中学の頃からの知り合いだからもうかれこれ10年来。良い意味で全く変わらない彼に会う度安心しつつ、彼の博識と音楽に対する姿勢にいつもいつも驚かされ、自分のさかしらを恥ずかしく思うのです。彼に負けないように、わたしも頑張らなければ。


もっと強くしなやかになっていけたら、稲穂のように鳥の翼のように、花を咲かす枝枝のように実らせる樹木のように、雲を撫ぜる風のように凪ぐ海のように、でもわたし自身を殺さないようにしながらすべてのものに尊敬をもって接していけるように、そんな理想論を恥ずかしげもなく言えてしまえるほど、今日はすこし健やかな気分なのでした。
写真はビアズリー。
星野沙織
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2013年8月5日月曜日

有難う御座いました。

昨日、ツリーオブミュージックを終えることが出来ました。お越しくださった皆様、どうも有難う御座いました。また、プレゼントを下さいました方もいらっしゃいまして本当に有難い限りです。有難う御座います。

1日に音の葉の真夏の饗宴を終えてから休みがなく、練習もままならない状態でのメンデルスゾーンだったのでとても不安だったのですが、有難いお言葉も頂けたりしていまはほっとしています。どんな曲もそうですが、弾く前は「もう弾きたくない、なんでこんな辛い思いをしてわたしは弾かなきゃならないのだろう」って何度も何度も自問自答し、逃げたい気持ちを抑えつつ、ビターチョコレートをドーピングしたり大声を出してみたり、泣きたくなったり怯えてみたりとにかく大変な精神状態になるのですが、弾き始めて終わってみると、なんて素敵な曲だったんだろう、また弾きたい、もっとうまく弾きたい、もっと伝えられるようになりたいって思っているのだからーこれはおそらく全てのプレイヤーに言えることなのですー音楽家というのは本当に困った人種だと思います。

まだわたしは音楽家と名乗るには実力も表現力も足らないのですが、いつか自分でちゃんと「音楽家です」といえるようになりたいものです。そんな日が来るのかしら!?


話は変わりまして、9月はじめに知り合いのグループ展示に参加すると以前記事に書いたかと思うのですが、勿論音楽で参加もするかもしれないのがひとつと、あとはイラストで参加させていただくことになっています。

なにぶん絵を展示するというのは初めての経験で、嬉しくわくわくする反面とてつもなく怯えてもおります。いざ紙に向かうとなにも浮かばなくて、改めて画家さんの凄さといいますか、なにもないところからの創造に従事する方の力を痛感しております。


展示会自体がどうなるのかまだわからないのですが、絵画をはじめ書道やパフォーマンスをなさる方もおります。おそらくポストカードなどを販売したり、ご希望の方がいたら原画をお売りするという形になるのかなと思っておりますが、それは近日にわかり次第またご連絡いたします。

わたしの知り合いの青山さんという方も展示なさるのですが、とても幻想的で不思議な魅力のある絵をお描きになりますので是非足をお運び頂けたらと思います。


気がつけば8月も5日め。わたしの誕生日まで20日ほどということは、東京ドームでAKBの仕事をしたのが一年前!早いなあ。

一日一日を、瞬間瞬間をこぼさないようにひろっていけたらいいなと、ふと仕事へ向かう車内で思ったのでした。
写真は1日終演後。

星野沙織
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2013年8月2日金曜日

有難う御座いました。

昨日、いずみホールでの昼公演、夜公演を終えました。お越しくださいました方々、どうも有難う御座いました!

昼は小さなお客様も沢山来てくれて、一緒に歌を歌ってくれたり、体を動かして音楽を楽しんでくれていました。また、夜公演ではドリーやドッペルコンツェルトなどの耳馴染みのある曲から、ドビュッシーのカルテットなどクラシック好きの方も満足頂ける曲目となっていたかと思います。

今回のメンバーはほとんど国立で一緒に勉強をしていた先輩や仲間たちなので、まるで同窓会のように本当に楽しく終える事が出来ました。また、初めて譜めくりをしたり、影アナをしたりなど普段は接する機会のないことまでさせていただいて、なんだかとても勉強になりました!

また、嬉しいお言葉を頂けたり、体調を気遣ってくださる方もいまして、本当に感謝しております。有難う御座います。見ての通り回復していますが、体に無理をさせないようなんとなく気を使っていきたいと思っています。みなさん引き続き見守っていてくだされば幸いです笑

次は4日のツリーオブミュージックのアンコール企画ですが、明日も仕事があるので頑張って参りたいとおもいます。


わたしが絵本や詩集が好きなのはこちらを読んでくださっている方々はもうお分かりかとおもいますが、幼少期からずっとお気に入りで読んでいたものがありまして、マザーグースのうたが聞こえるという本です。
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/459350094X


この表紙からして好きだったのですが、日本語訳もとてもリズムよく訳されていて、もう二冊もっている他のマザーグースの本よりこの本が一等好きでした。色彩もとても美しくて、誰がコマドリ殺したか、の挿絵などは何度も何度も見返しておりました。

ところが先日、ふとまた読みたくなって本棚を漁って見たのですが、あとの二冊は見つかるのにどうしてもこの本だけ見つからないのです。絵本や童話などを従兄弟や近所の子にあげたりしたので、その時に誰かの手に渡ってしまったのかもしれません。あああ…
この本だけは残して置きたかったものなので、もう一度買い直そうかなあ^^;でもペロー童話集を購入してしまったので、また余裕が出来たら買おうかななんて思っています。ビアズリーの画集も買いたいのに、うーんうーん(>_<)



写真は昨日終わったあとに地元のカフェで両親と食べたフローズンヨーグルト、美味しかった^^
星野沙織
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2013年7月28日日曜日

その場にいないとわからないもの

美しい物語はいつもわたしを一等わくわくさせてくれますが、そこに音楽とダンスと美しい衣装がつくと殊更どきどきさせてくれます。

好きな曲を聞く時、それはその曲の特に好きなパッセージだけだったりもしますが、ダンスの振りが浮かぶ事があります。だいたいそれはバレエで、着ている衣装はその時によってまちまちですが多くは薄いオーガンジー生地を幾重にも重ねた、足をあげるとふんわりと跳ね上がって羽毛のように優しく元に戻って行くタイプのバレエ衣装でした。ちょうどジゼルなんかの演目でしばしば使用されるような、儚いのに残像をくっきりと残していくような素材で、ダンサーは黒で塗りつぶされた世界の中をその音楽にあわせて踊るのです。

また、ダンスでない時はどこかの景色がでてきたりもします。森の中、地面すれすれに物凄いスピードで木々の間を縫っていたと思うと、ぐんと上昇して湖の中に飛び込むのは、ドビュッシーのヴァイオリンソナタを弾いている時に感じます。

今朝方曲を聞いていたら、ふとオペラが想像されたのでなんだかとても新鮮でした。でもとても綺麗なお話になりそうで、ちょっとこの物語を自分の中で膨らませてみたいなと思います。思いもかけず朝からちょっと嬉しいプレゼントをいただいたので、今日も一日頑張れそうです。

カリスマカラーという色鉛筆を最近になって初めて使ったのですが、こうなるとポリクロモスの色鉛筆も使って見たいのですが、いたずらに画材ばかり集めて画力が追いつかないのがわたしの悪い癖…(>_<)
時間が出来たら刺繍や色鉛筆、パステル画勉強してみたいなあ。
星野沙織
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2013年7月25日木曜日

一目見た時から空っぽだった

今日、4日のための合わせをおえて自転車で帰路についていた時にするりと携帯電話を落としてしまいまして、画面がやられました。蜘蛛の巣状にひびがぱりぱりと・・あああ・・・
新しいモデルが9月にでるとか噂なので、なんとか9月までもってくれればと思っております><


その後教習所へ参りまして初めて運転をしてみましたが、慣れるまではなんだかじたばたしてしまいそうです。なにをやってなにを注意して、なんてやってるとブレーキとアクセルがどちらだったのかわからなくなってしまったりして。わ、わたし大丈夫なのかしら・・・終わってからしばらく経っているのですが少し心臓に負担がかかっているような感じで、病み上がりということもありますからとにかくまずは落ち着いて運転席にすわれるよう、ゆっくりと慣れていきたいです。

さて、1日および4日の件でご連絡くださいました方々、有難う御座います。まだわたしから連絡がないという方はお手数ですが今一度ご一報頂ければと思います。宜しくお願い致します。

また、9月20日の夜、六本木ソフトウインドにてのトリオ・カルディアの一周年前夜祭、同月21日夜に恵比寿アートカフェフレンズにて行われるトリオ・カルディア一周年記念ライブに関しましても、お問い合わせ頂ければと思いますので、もしお越しいただけるようでしたらご連絡くださればと思います。宜しくお願い致します。


谷川俊太郎の詩と三善晃の音楽は本当にぴったり寄り添っているように感じます。生きるを聞いていると本当に何度でも感動出来て、谷川さんの言葉の力と、三善先生の言葉を音楽にする力にひれ伏さずにはおれなくなります。ただ詩を読んだだけよりも、音楽—特に三善先生の音楽がつくとあんなにもわたしに迫って、わたしの中を埋めていくのです。あんな風にわたしも、例えば初めて会う詩を読んだときに、三善先生のように言葉を感じられたらいいのになあ、なんて思うのでした。


さて、以前も少し関わらせていただいているSMFという芸術家さんたちの集まりがありまして、ここのところ富山や演奏やでなかなかご協力できなかったり、メンバーさんの展示にも顔が出せなかったりと大変失礼な状態が続いていたのですが、9月にグループ展示を開催することとなり、そこに少し参加させていただける事となりました。詳細はまだ未定ですが、出来る限り色々な事を、わたしが出来る範囲内で、でも怖じ気づかないで、いけるところまでやってみたいと思っています。一応まだ、そういう恥知らずなことをしても許される年齢なんじゃないかな?!って、勝手にそんなこと思ったりしているんです。やらずに後悔より、やって後悔、とは良く言ったものですね!


そろそろ髪を切りたいなあ。いい加減伸びてきました。今度は前髪を切ろうかな。いつもいつも、いじれるのは前髪だけなので、わたしのせめてものバリエーション部分です^^;笑


最後に食べ物の話をひとつ。最近母が買ってきてくれてとてもおいしかったのですが、デンマークのチーズでキャステロというものがあるんです。


これ、青カビと白カビ双方が入っているものなのですが、青カビなのにきつい匂いがなくて、かといってつまらないほどあっさりしているわけでもなく、ジャージー種の牛乳から作られているので豊かな甘みがフランスパンに本当によくあいます!ブルーチーズ好きには物足りない味わいかもしれませんが、一般の方なら好きなんじゃないかなあ。

http://fromage.jp/i/b000040

色々探したのですが、こちらのサイトでしかいまは販売していないような・・・ご興味ありましたらぜひ一度、いかがでしょうか?^^

では1日のあわせにそろそろ向かいます。みなさま本日もおつかれさまでした!

星野沙織

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2013年7月22日月曜日

お久しぶりです

随分空いてしまいました、こちらのブログに引っ越してから初めてくらいの空き具合ですね。申し訳御座いません。

ここ暫くなにをしていたかと言いますと、学内の発表でコンツェルトを演奏したり、学内リサイタルを行ったりしておりました。が、問題はその後でして、少々体調を崩してしまいおよそ10数年ぶりに救急車のお世話になってしまいました。結果として回復しておりますのでよかったのですが、病院内で処置をしていただいてる間は意識が朦朧としてお医者様の呼びかけにもお答えすることが出来ず、かと思えば自分のバイタルの状態などを通常時と比べて少し高いだの低いだの考えたりとなんだか不思議な状態でした。

心拍が安定しなかったため最終的に鎮静剤を投与してくださったようでそのあと少し眠ることが出来たのですが、わたしとしては気を失うという感覚に近くて、その時に、色々なひとに伝えたいことを伝えなきゃってぼんやりしながら携帯を探そうと目を泳がせておりました。死んでしまうかもしれないとかそういった怖さというよりは、伝えたいことが伝えられないまま大事なひとたちとお別れをしなければならない不安というか、家族はどんなに悲しむのだろうとかそういう危惧のほうが大きかったです。わたしの病状でそんなこと思ったり言うのはかなり大げさな話なのかもしれませんが、急にお亡くなりになる方もたぶんそういう思いのほうが強いんじゃないかなあと思いました。だから化けて出ちゃったりするのかな笑

健康に自分の足で歩いて、お腹が空いて、美味しく食べられて、なにより自分の口で自分の思いを伝えられるという喜びは変え難いものだと痛感出来たのが、今回ダウンしたことによる教訓でしょうか。寮の友達や学校の方、その他たくさんの方にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ないのですが、そのぶん自分がとても幸せだということが実感出来てとてもとても嬉しかったです。でも、もう車椅子は乗りたくないです(>_<)けんこういちばん!


ゆっくりと教習所に通い始めました。夏休みなので高校生さんが多く、皆さんきらきらしていて素敵です。若い方をみると本当にパワーをいただけますね。わたしも負けずにいろいろなことを頑張りたいものです!


さて、
8/1の音の葉コンサート in西国分寺いずみホール

8/4のツリーオブミュージック inティアラ江東
が近づいて参りました。近日にご連絡を取り交わした方は大丈夫ですが、随分前にご予約頂いた方などはわたしが忘れている場合がございます。お手数ですが不安な方はメールフォームより再度チケットについてのご連絡を
くださいますか、またはメールで一報いれていただければと思います。宜しくお願い致します。

1日夜は滅多に演奏機会がないであろうピアノトリオを弾きます。わたしの尊敬するチェリストの先輩と、全幅の信頼を置いているピアニストの先輩と演奏出来るので本当に楽しみです。

4日は4日で有名な曲が盛りだくさんで、本当に贅沢なコンサートとなっています。演奏者の顔ぶれも素晴らしいですし、こういういいとこどりのコンサートはなかなかないのではないでしょうか。


今日も暑いですね、みなさまどうぞご自愛くださいませ。水分もきちんととることは大切ですが、とりすぎると血中水分量が濃くなってしまって貧血を起こしたりもするので適度にね^^
星野沙織
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2013年7月8日月曜日

交差する線aと線p上に

時々、頭の中に細切れにある文字や言葉をぽつぽつと反芻してぼんやりすることがあります。そんな時は長たらしい文面がどうも作れなくて、それは丁度、ブラームスのような長大なフレーズではなくアポリネールの或る詩のように、ぷつぷつと関連性のないようなあるような単語の列挙しか出来なくなるのです。そうでなければいかにも知ったかぶりをした、どこにでもあるようなだれでも考えているようなことをさも偉そうに言うことしか出来なくなるのです。

自分以外に献身的に接するということは果たして可能なのだろうかなどとよくよく考えます。たとえば大切なひとが病の床に伏したとして、おそらく大多数のひとは手厚く看護をするでしょう。その病の辛さを慮ると、自分が代わってやりたいと思うでしょう。わたしもそう思うわけですが、ただわたしの場合理由がふたつあって、ひとつは勿論、病の苦しみから大切なひとを解放してあげたいという思いですが、もうひとつは、大切なひとが苦しんでいるさまをみるのがあまりにも辛いので、いっそ自分が苦しんでいるほうが楽という思いなんですね。
大切なひとが苦しんでいる時、例えば熱にうかされている時、そばにいて氷枕を当ててやることは出来ます。冷たいタオルで火照った身体を冷やし、また寒い時は布団をかけて湯たんぽを作り、葛湯を飲ませることができます。でもその熱が治らないものだとしたら、終わりのない看病、よくならない病状、手厚い看護はやがて当たり前になり、看護への感謝は段々と薄れていきます。意のままに動けない自分への絶望で我儘になっていく病人と、何故治らないのだという看護側の苛立ちや悲しみが互いに膨らんで、そうして時々、ニュースで取り上げられるようなとても辛い結果を招くことがあるのでしょう。

つまり、完全に病を取り除いてやることが出来ない場合(それに限らないかもしれませんが)、半永久的に苦しみながら生きるそのひとを、何も出来ずに見守っていなければならない辛さを考えるとわたしはいっそ病人側になったほうが楽だと考えてしまうのです。でもつまりそれは見守る辛さを誰かに代わってもらうということになるわけで、それは随分と身勝手な考えなのではないかとも思うのです。

ちょっとした風邪で寝込んだ時、両親が本当に献身的にわたしに尽くし、守ってくれるのをベッドからみていると本当に申し訳なく、しかしとても有難く幸せに感じます。そんな時などは体がいくら辛かろうが心は平穏で、早く治そうなどと考えながら横になったりするのですが、これが看護側になるともう常に不安と言いますか、いまはどんな調子なのかとか、急変していたらどうしようだとか、いつ良くなるのかだとか、看護がなおざりになって病人につい粗雑に当たってしまわないかとか、心が疲れることが多いように思います。

結局のところ何が言いたいのかと言いますと、健康でいられるというのは本当に本当に幸せで有難いことなのだなあと言うことです。日々の感謝をよくよく忘れてしまう駄目なわたしですが、それでも思い出した時にありがとうと神様や自然に伝えていきたいと思うのでした。


余談ですが富山でのリサイタル終了致しました。気にかけてくださっていた方々、またお聞きくださいました方々、有難う御座いました。今回の演奏も勉強になったので、フィードバックをしながら今後に活かしていきたいと思います。


ああ、征矢さんの詩が読みたい。
星野沙織
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2013年7月3日水曜日

若いということ

最近自分の年齢があがってきたせいか、音楽家を目指す若い方をみると妙にうきうきしてしまいます。音楽家を目指していなくても、音楽を楽しもうとしている方と接するとなんだかやっぱり嬉しくなってしまうのです。

わたしがそうしてもらったように、わたしも若い方々になにかひとつでもして差し上げられたら、そうしてその方々が年を重ねた時に、次の方々にそうしてくださるようになったらいいなあなんて、そんなきれいごとのような事を思ってしまうのです。


お気に入りの赤いワンピースを引っ張りだして着てみたら、虫に食われていました。確かにとてもしっとりとした生地で着心地がよいので、虫にしたらさぞごちそうなのだろうなと^^;でも、これは食べないで!刺繍しにくい生地だし、なにより刺繍してしまうとデザインも崩れてしまうし・・


久しぶりに左手が腱鞘炎になっています。薬指が主にダメージを受けているようで、キーボードを打つのも少々不便なのですがこればかりは安静にしたり凝りをとってやるくらいしか治す方法がないので致し方ありません。中学生時分はずいぶん腱鞘炎に悩まされ、鍼や温熱療法、整体など実に色々な分野の先生方にお世話になりました。結局どれをやったから劇的に良くなったという実感はなくて、自分の体の成長や弾き方の改善によって腱鞘炎にならなくなった、ということなのかなと自分の中で結論づけています。

という持論からいくと、最近弾き方おかしかったのかな。日々フィードバックしていかないと思わぬところでくせがついていたりしますから、要注意ですよね。


シルクドソレイユのラスベガス公演「Ka」にて、ワイヤーがはずれてひとが落下する事故があったそうです。パフォーマーは30代の女性だったのですが、15m落下してしまいそのまま御亡くなりになったと聞きました。以前品川でのシルクドソレイユ公演を見てきただけに今回の事故のニュースはとても衝撃的で、まさに命をかけてわたしたちに感動や驚きを与えてくれているパフォーマーさん方に改めて畏敬の念を抱いたのでした。わたしたち演奏家は失敗しても命を落とすという事はないけれど、でもそういうつもりでひとつひとつの本番に臨むという姿勢は持っていたいと思います。


風の音がひどく話しかけてくるのでなんだか怖くて、こんな日は外に出ずに籠りきりになりたいのですがそうはいかないですね。^^;
画像はクレーの「蛾の踊り」。
星野沙織
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2013年6月28日金曜日

たったひとつの

書きたい物語があって、それはでもずっとわたしのなかの引き出しに閉まってあるのです。時々引き出しから取り出して見ては、その物語の中に飛び込んでうろうろ散歩するのですが、そんなぼんやりとした時間がきっと誰でも必要で、そういう時間の中でふいに気がつけるものがあったりもするのかななんて、自分がぼんやりするのを肯定しようとしたりする今日この頃です^^;

久方ぶりに改修のおわった母校の練習棟に入ったら、内装までがらりと変わっていてびっくりしました。慣れ親しんだドアの色や壁の痛みはすっかり塗り替えられて、壁に掛けられていた緑のシンプルな掲示板は楽譜のような模様のものになりました。なにかしらのところにはト音記号譜が一段描かれていて、わたしが使っていた頃よりなんだかすこし幼く見えるようなそんな気がして、卒業してもうかなり経った身としては疎外感が強くなったりもするのでした。それでもやはり、母校に身をおけるというのはとても幸せで嬉しくて、早くわたしも母校を守って行く側になりたいなあと思うのです。


さて、先日無事に奈良での公演を終えました。お越しくださいました方々、また遠方から応援してくださった方々、どうも有難う御座いました!
奈良の方々はとても暖かく迎えてくださいまして、初めての奈良での演奏に不安があったわたしたちの気持ちを笑顔でほぐしてくださいました。演奏者にとって聞いてくださる方の笑顔って本当に励みになります。有難う御座いました。


久々の食べ物情報ですが、最近銀座に食パンメインのパン屋さんができたようです。

http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13157424/

セントル ザ ベーカリーというお店で、食パンが主役のパン屋さんのよう。知り合いの食べ物に詳しい方が絶賛していたので、これは是非とも近いうちに食べたいところ…!!し、しかしながら他に何か用事がないと銀座なんてでていかないので、無理やりにでもなにか用事を作らねば…^^;笑

またこういったものには先日紹介したボルディエのシンプルな無塩バターとかがあいそうですね。そこにトマトとモッツァレラのカプレーゼ、サラダまたはピクルス、生ハムかローストビーフなんかがあったら最高ですね!笑

朝から食べ物の話をしたらなんだかもたれてきましたので、今日はこの辺で。皆様にとって素敵な一日となりますよう。

写真は東寺の沙羅。
星野沙織
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2013年6月24日月曜日

日差しは柔く 吹く風は清く

今日から二日間、奈良にて演奏してきます。奈良は高校生の学校行事以来ですが、とても素晴らしいところばかりだったので今回また訪問出来るというのは本当に嬉しいです。

先日東経大のオーケストラコンサートを終えまして、改めてモーツァルトの難しさを実感しました。このオーケストラには同じ賛助として大学時代の友人にも会えるので、年に一度の報告会みたいになっていてそれも楽しみのひとつとなっています。

そう、やっと風邪が全治しまして、一安心です。随分長引きました(>_<)これに懲りてバッグには葛根湯を常にいれておくことにします笑 みなさまもお気をつけください。

奈良はなにが名物なんだろう。しかせんべいしか思いつかなかったけど、お豆腐とかかしら?
とにかく、久方ぶりの奈良、楽しんできたいと思います。短くて失礼しました(>_<)
星野沙織
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2013年6月21日金曜日

うそなのかほんとうなのか

先日、お家に帰ったらなんと影の縫製機が!\(^o^)/絶版になっていたそれを父がみつけてきてくれました。早速読みましたが、マザーグースにも似た詩集絵本であっというまに読んでしまいました。このシリーズあと10冊くらいあればいいのに…

エンデは文も素晴らしいですが絵もとても魅力的で、モモなどの挿絵は自身でお書きになっています。この影の縫製機はビネッテ・シュレーダーという絵本作家さんが挿絵を担当しているのですが、この作家さんとても多彩な画風をもっていてちらりと画像を検索しただけで実に様々な表情に出会えます。影の〜の画風はシュルレアリスム的といいますか、ビアズリーから毒気を抜いてコクトーを足したような雰囲気に仕上がっているように思います。わたしの少ない知識からの見解なのでお恥ずかしいのですが!
とにかくモノクロ、すべての絵はペン一本で仕上げられており、斜線の方向や点描、ベタ、またはホワイトのいれ方で色彩を全て表現してあります。それがまたエンデの世界ととても溶け合っていて、マニア受けする本だなあと思いました。なるほど絶版になるわけです笑

ヴァイオリンを教えている小さな女の子が会うたびに成長してくれてびっくりします。わたしはどなたに対してもあまり褒めたり出来ない達で、その子にも殆どそのような対応をしていないのですが(言葉に限らず、教え方も大人の方にするのと殆ど相違ないくらいで^^;)、それでもいつも頑張って、わたしを慕ってくれるので本当に有難いといいますか、じんときます。

先日わたしの似顔絵を画用紙いっぱいに描いてプレゼントしてくれた時などは、まさかという気持ちでしばらくぽかんとしてしまいました。このように褒めるのが下手だと子供に好かれることなどないだろうと思って今まで過ごして来たものですから、本当に嬉しい出来事でした。


大事なひとのことを大事に思う時、またはそのひとの幸せを願う時、それは必ずしも自分自身の納得する結果出なかったり、或いは望まない形であることがあるのだと思います。でもそれをわかりながら、そのひとが幸せになってくれるように動けるひとというのは本当に強いといいますか、並々ならぬ愛をもったひとなのだろうなと思うのです。だいたいにおいて、人間は自分の思いを押し付けることだけで手一杯になって、相手や周りの気持ちに気がつけなかったりするのでしょう。

わたしはいつになったら、わたしをとりまく小さなことや大きなことや、大事なものや些細なものが発するものに、敏感に気がつけるようになるのかしら。
星野沙織
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